春 ・伏馬山(むつみ村)エリア開発開始
・三瓶山テイクオフ作製
<三瓶テイクオフ作製の苦労話> 以下ハングノート宇部編Vol.1から抜粋
10時ごろ約30人集合。ほとんどスカイラブの人。 ベニヤ15枚、5mの柱10本、鉄パイプ、角材数本。 最初部材をリフトでもって上がる予定だった。 しかしその日は祝日でもあるのでリフトは観光客に占領されていた。 いろいろと係員に頼んだが納得してくれず、結局トラックで山道を 上がることになった。山道といっても4WDでも登れるかというような 坂を登らなければならなかった。だから20mに1回ぐらいの割合で スタックした。スタックすると石を集めて埋まらないようにし後ろから みんなで押した。それでもだめなところは道端の木をチェーンソーで 切って道を切り開いた。そんなことを10回くらい、時間にして約1時間 ぐらいしてリフトの頂上まで200mのところまで来たがそれ以上はもう 進めそうになかった。それで仕方なく荷物をおろし、みんなで持っていく ことになった。約500m、高度差にして約150mの道をリフトの頂上 へと登っていく観光客にじろじろ見られながら2枚(1m×2m)のベニヤ 板を背中に背負って持っていった。頂上に持って上がって10分くらい休んで ジュースを自動販売機で買おうとしたが私(S本)は小銭をもっていなかった ので買えなかった。他の人たち(M川、S田、N田、S原)は金があったの でジュースを買うことにした。しかしコーラは売り切れでオレンジと レモンの炭酸飲料しか売ってなかった。それで彼らはオレンジとレモン を買うつもりだったが、ともにつぶつぶでしかもぜんぜん冷えていない 冷えてなかった。それでみんなよけい喉がかわいてしまった。 それでひとやすみすると今度は松の木を持って上がった。それが大変重く 肩の骨が折れそうだった。どうにか持って上がってリフトで降りて昼食を いただきました。そしてリフトでまた上がってテイクオフ台を作るのを 手伝いまして、ようやく完成した。最後は発電機やチェーンーなどを リフトで重たいのをがまんして持っておりた。本当にえれぇー。
・SKYDUSTソフトボールチーム「紅茶きのこヘルシーズ」山大ソフト大会に出場
結果は「はなみーず(軟庭)」に対して強引に引き分け(4−4) にもちこんで相手が勝ったことにしてやって終わったらしい。
<思い出の1ページ 1980〜1984年>
・大島、嵩山エリアの開発始まる
この数年後、橘町に日本で唯一の公共スカイスポーツ練習場、橘ウインドパークができ、 SKYDUSTの講習場&メインエリアとなるが当時はスカイスポーツとしては未開の地であり、 ランディングも砂浜を利用していた。
・むつみ村エリア開発に失敗
以下 宮川 広之氏のレポートをハングノートから抜粋
山頂へ向かうと思われるデコボコの東屋一台じゃなくて車一台 が通れるほどの坂になった道を藤井さんの軽快なNice driving で登ることおよそ10分私たちの行く手に巨大な大蛇を連想させる、 ぶっとい松の巨木が立ちふさがったのである!。如何せんみんなで 持ち上げようとしたがびくともしない。長い思案ののち佐々原君を 偵察に向かわせたのである。彼の調査報告(車で登れるのはあと100m) を受け、歩いて行けるほどの我々は判断。 ヘビに対して異常な嫌悪を持つ沖中さんを真ん中にはさんで、 一列縦隊の6人編成で道なき道を登りつづけた、その行程は決して 楽なものではなく筆者の頭のなかには以前の三瓶山死の行程 がまざまざとよみがえり、こむらがえりをになりそうになった のであった。―中略―
一応道らしい小道はとぎれながらも頂上まで あり片道10〜25分。頂上付近は丸はげで枯れた木が2本 ずぼっと立っている。頂上からはどこを見ても山ばかり、 遠くから東ななめ下に広い水田が見えるがちょっと距離的には 無理であろう、あらゆる条件を考え合わせた結果、この地からの フライトのは不可能であるというおおよその結論に達した。
パッソーラで見劣りするような坂道を登り切れない、 役立たずのバイクを持ち、暇さえあれば「ダリー、ダリー」 と嘆いていた池田くんに比べ、偵察を頼めば間髪を入れずに バイクでぶっとんでいき頂上へ駆け巡り、ぶっちぎりのtop で頂上まで駆け上った元気者の佐々原君。好対照な2人を かいまみた一日でした。
参加者 ・・・・・・・ ・・ Nice driving の藤井さん,ヘビ嫌いの沖中さん,なんとも言えない繁本君 元気な働き者の佐々原君,足手まといの池田君,そして筆者の宮川君であった
おわり
夏 ・SKYDUST、TYSサタデー6に出演
沖中宏志氏がシュミレーション、繁本和彦氏が背景、池田伸一氏がメインをつとめた。
・七夕祭での出店中止
これまで七夕祭に出店してきたSKYDUSTだが、 本来の活動ある「飛び」を優先しようということ になりこのときから出店を見合わせる。
秋 ・繁本氏ジャンジャンワンタン定食いちゃもん事件
私は詳しいことは知らないが、 なにやら抱腹絶倒の話だったらしい・・・・・・・・・・・・。
・SKYDUSTから初の日本選手権出場者が出現
池田伸一氏、藤井英樹氏が出場。
冬 ・忘年会
なぜか特別に盛り上がったらしく、キャンパス(飲み屋) にメンバーの笑い声がこだましたらしい・・・・・。
「どひゃひゃひゃひゃー」 → 佐々原氏
「でへへへへー」 → 池田俊明氏